noName -cafe for teens- が動き出して、はや9ヶ月。
想定していたハイティーンよりも、ローティーンたちが過半数を占める場で、
10代の人たちが悩む期間が長期化していたり、自分たちの頃と変わらないこともあると感じたりしています。
カフェに来てくれるティーンたちとのかかわりにおける大きなテーマ、「距離感」について、何回かにわけてお伝えしたいと思います。
後追いとスキンシップ

カフェに来る人のキャラクターも、来るきっかけや様子もさまざま。
学校帰りに声をかけて、「後で来るから!」と言い残し、5分も経たずにやって来る人。
いつもお友達と一緒に来て、公園に消えたかと思えばまた帰ってくる人。
「えーあいついるのかァ」なんて言いながら、苦手な同級生に距離をとって座る人。
来たときにリストに名前や時刻を書くルールになっているので、それを済ませたら、思い思いに過ごします。
「ねームサシ~!宿題ダルいんだけど!ムサシがやって!」
そう言いながら武蔵の近くに椅子を寄せて、座ってくる彼女は、常連さん。
疲れた、来ようかな、どうしようかな、と下校中通りかかって言いつつも、来なかった日はありません。
どんどん椅子を近づける彼女。肌が触れるか触れないかの距離。
多感な年代です。スタッフも毎回どうしようかと思う瞬間です。
なんとなく会話が途切れたり、ペンが動き出したりしたタイミングで席を外そうものなら、
「ムーサーシー!これ持っといて!」
追いかけてまでプリントを渡してきます。
集中し始めたので「まだ持っておこうか?」とそっと声をかけて近づくと、
「もーキモい!ムサシ気持ち悪い」
近づきたい。けれども、それはこちらから近づいてほしいのではなく、
「甘えにいきたい」という思いなのです。
子ども扱いしてほしくはない。とはいえ、大人なんかじゃない。
私たちだって、そうだったのではないでしょうか。
手をつないで。でも、誰にも言わないで

「ねえねえ大庭、この飴美味しかった」
カウンターにいる大庭のところに来る理由はだいたい2つで、
ドリンクやお菓子がほしいか、内緒話がしたいかのいずれか。
いつもどこか傾きがちな笑みをうかべる彼女に「これ今日も食べる?」と飴を出しました。
カウンターに置いても、いつまで経ってもダラダラと、大庭の手の動きを見ています。
「ドリンク決まったら教えてね」
オーダーを待ちながら彼女のほうを見やると、
「ネイル、おもしろい」
ラメの入ったネイル。
シール帳も持たない彼女が興味を持つのはなんだか白々しく感じられてしまいましたが、
「かわいい」でも「いいなぁ」でもなく「おもしろい」――
必死に紡いだ言葉でした。
「お休みの日に塗ってみたらいいんじゃない?」
少し彼女の指先をさすりながら伝えると、ぎゅっと手を握ってきました。
傾いた笑顔はそこにはなくて、じっと手を見ていました。
勉強も、お手伝いも頑張っていて、ルールや義理に厳しくて、不器用な彼女のSOSでした。
椅子に戻って、目配せをしてきます。
誰にも言わないよ。だいじょうぶ。
小学生になってから、誰かに抱っこしてもらったことはある?

「キモい」とか「なんでここおるん」と言いつつ、ほかに座れるところがあっても武蔵のいるテーブルにすし詰め状態に座っては、ダル絡みを仕掛けてくる女の子たち。
普段はクールなのに「大庭さんこっち来て、ここに座って!」と呼びつけて、ただゲームをする横に侍っていてほしいと言う男の子と、それを見かけて平気で背中にまぶれついてくる、いつも漫才コンビのような間柄の6年生たち。
「おまえらキモいんじゃ」
そう言っているのは、甘えたい気持ちを正面からぶつけてくることができなくて、
必死で茶化し、遠ざける素振りをしながら、照れ隠しをしている証拠でしょう。
noNameティーンに聞いてみました。
「小学生になってから、誰かに抱っこしてもらったことはある?」
「キモい!」
「えーないかな……」
「してもらおうと思わないかな……」
「……」
ティーンになると、他人とのスキンシップは難しいものです。
私たちスタッフですら、あぁここでハグしたら、この人はちょっと救われるのだろう、ともどかしく思えることもたくさんあります。
けれども、人間として、人肌恋しいときもあることは、なにもおかしなことではないのではないでしょうか。
「近づきたい」「触れたい」「甘えたい」がかなわない社会
支援の現場では「何歳になったらハグもしない、手にも触れない」とルール化されていることがほとんどです。
それは、インティマシー教育として必要なことでも、支援者を守ることでもありますが、なにより組織としての統一基準を設けておかなければ回らないという、「大人の事情」でもあります。
一方で、私たちが大人向け・組織向けに展開しているサービスやセッションにおいては、
その人の「甘えたい」気持ちがかなわないために、周囲との関係性や振る舞い、あるいは仕事の成果にすら、歪みを起こしていると気づくことがたくさんあります。
「あなたのことが大切です」「あなたを愛しています」と表現することが少ないのは、
日本の文化がそうであるから、秘すれば花、というわけではないと、私たちは考えています。
人間の根源的な欲求である、甘えや安心感が満たされていないと、何が自分にとって大切なのか、愛するものなのかも、わからなくなってしまうのです。
今日、近くにいる人に、「疲れたなぁ」「暑いなぁ」と、一言こぼしてみませんか。
お茶のペットボトル1本でも、ミントタブレットでもかまいません。
今日、あなたの周りにいる人に、なにかシェアしてみませんか。
いつか10代だった私たちもまた、人として甘えたい、近づきたい、誰かの温度を感じたい瞬間があるものです。
noNameとの出会いに、パートナーシップレポートやn cafeがあります。
