noNameが生まれるまで

noNameは、ファウンダーふたりの原体験から生まれました。
私たちがなぜ「ナナメの関係」を大切に思い、広めようとしているのか、
少しnoNameが生まれるまでの物語に触れてみてください。

Ep. 1 / Musashi
武蔵の原体験

高校生時代、進学校の空気にどうしても馴染めなかった僕は、学校に自分の「居場所」を見つけられずにいました。

そんな僕が放課後に足しげく通っていたのは、岡山の駅前にあった一軒の雑貨屋です。
そこには、私を「〇〇高校の生徒」として見る大人は誰一人おらず、ただ「ひとりの人間」として、まっすぐに向き合ってくれる店員さんたちがいました。

親でも先生でもない、利害関係のない少し年上の大人とのナナメの関係
その空間で交わされる何気ない会話は、何者でもない自分を保つための、かけがえのない支えとなっていたのです。

お店だからといって、高校生の僕がいつも買い物できるわけではありません。
それなのに、店員さんはあれやこれやと話をしてくれて、「これはどこで仕入れたんだ」とか「ここにこんなモノがあってな……」とか、武勇伝や未知の情報を嬉々として語る姿に夢中でした。

ついていきたいような、追いつきたいような、でも、追いつかなくたって誰も咎めない感じ。
同年代の友達は立ち入ってこなくて、僕だけがその空間を知っているという、謎の優越感。
時間を溶かしても、親に言えないことを話しても、笑ってそこにいられるという安心感。

店員さんには店員さんの事情があって、彼らも時々愚痴を吐きながら、お店の外の道端でぼやきを聴く時間も好きでした。
椅子がなくて立ち話をしているのに、椅子がある家や学校よりは居心地が良く、何時間でもいられるような空気に救われました。

もしもそこに立ち寄らずに帰宅していたら、家に帰ってイライラが爆発していたかもしれません。
もしも店員さんたちが僕を点数や学校の名前で査定してきたら、どこにも行き場がなくて、人間関係や未来に絶望していたかもしれません。
そのお店に出会い、店員さんたちとどうしようもない時間を過ごせたからこそ、大人になった今でも「人との対話」の力を信じて、対話を仕事にすらしているのかもしれません。

「学校や家庭以外の、心を許せる第三の場所と存在は、どれほど人を豊かにしてくれるか」

「自分もそんな存在として、何かできることはないか」

この想いが、高校時代から変わらない、僕のnoNameの原点です。

Ep. 2 / Manami
愛実の原体験

子どもの頃から、大人の顔色をうかがうのが癖になっていた私。
家庭の事情がやや複雑だったこともあり、あちこちで仮面を被るようにキャラクターを変えて過ごしていました。

習い事には恵まれていて、ピアノの先生や書道の先生は「師」であると同時に、ナナメの存在でもありました。
家庭や学校での役割を背負わない私をただ受け容れ、ピアノを習いに行ったのにドラムやベースの扱いを仕込んでくる先生が大好きだったし、筆の持ち方や出来栄えよりも、テーブルマナーや書くときのスカートの裾の扱いに厳しい先生に刺激されてきた子ども時代。
いわゆる「良い子」ではなくなってからも、ピアノと書道だけはしばらく続けていたのは、先生方のおかげです。

中学生にもなると、行動範囲がひろがります。
すっかりピアノの先生に焚きつけられた私は、バンド活動を始めようと、楽器屋さんに出入りしはじめます。
駅前のファッションビルの上のほうの階で、中学生がひとりで行くと浮いてしまうそのお店には、バンドメンバー募集の掲示板がありました。

それを眺めながらもどうすれば良いのかわからないまま、何回も訪ねていると店員さんが声をかけてくださいます。
「クリアな声の女性ヴォーカルを求めているバンドがよく練習に来ているから、会ってみたら」
渡りに船でその20分後に彼らはやってきて、その日の練習にまぜてもらい、帰りにはバンドメンバーになっていました。

当時大学生だったメンバーは、私から見れば「歳の離れた兄貴分」。
彼らが出入りするライブハウスのオーナーさんや対バンの皆さんもすべて歳上で、私のことをかわいがりつつも私のしらない世界を教えてくださいました。

家や学校でのモヤモヤを何度話しても、「大丈夫。そのくらいじゃ大勢は変わらんよ」と言ったかと思えば、大人同士で言い合いがはじまったり、ジャムってみたり。

うまく言葉にならない感情を音楽で表現する気持ちよさや感動を、場全体で教えてくれる人たちでした。
また、私のキャリアの大部分を占める「書くこと」についても、この頃リリックを書き、それを作品にする経験を積ませてもらえたことが、現在の私にとっては大きな力となっています。

「ジャッジされないことで、私たちは失敗や悩みを共有でき、優しく強くいられる」

「コミュニケーションを大切に、自分と仲間に誠実であれば、孤独をこえて私たちはつながっていける」

そう信じられたことが、私のnoNameの原点です。


雑貨屋さんと楽器屋さんのスタジオ。
目と鼻の先にあるそれぞれの居場所で巻き起こるナナメをしらないまま、人生のはじまりからナナメのエピソードまでの期間と同じくらいの期間をそれぞれ過ごしたのちに、ファウンダー両名は仕事仲間としてタッグを組むことになりました。

Ep. 3 / Cafe and Open Office
カフェ運営とオープンオフィス

ビジネスパートナーとして協力しあううちに、いきがいそだての事業として「CAFE MUSASHI」をオープンすることになりました。

「いつかカフェをやってみたい」という気持ちと、PRのあり方を転換したいと感じていた時期とが重なり、考えはじめてから1ヶ月足らずで物件を契約。CAFE MUSASHIでは、オープンな場での相談が起こることもあったり、居合わせた人同士での会話を楽しんだりします。しらない人同士が知り合い、関係を深める拠点にもなっていきました。

書籍やニュースレターなど、武蔵自身の表現をその場で味わい、感想を伝えたり、それらをきっかけに話がひろがったりすることもあります。リフレクションの場、学びの場としてもカフェが育っていることに、徐々に気づいていきました。

同じ頃、LOVEME&COMでずっと取り組んできた「オープンオフィス」というイベントにも転機が訪れます。もともとは、来る者拒まず、誰彼ともなくやってきて、イベントの空気感が毎回博打のような状態でした。

「心からつながりあえる人だけを招いて、ほんとうの『いい関係』を築きたい」――。人生を変えたもうひとりのビジネスパートナーとの出会いからその想いが深まり、公開での参加者募集をやめ、主催者や参加者自身が招きたい人だけを招いて開催する「クローズドなオープンオフィス」に転換。

学びの時間も設けながら、安心してそこにいる人達は自分の夢や悩みを奇譚なく語りだすまでに。「LOVEME&COMは愛実の個人事業というより、みんなとつくるプロジェクトなんだ」と感じられ、いつしか参加者たちは「LOVEMEのメンバーさん」「LOVEMEファミリー」になっていきました。

カフェも、オープンオフィスも、本質は同じ。
「仲間」があつまり、ナナメの関係を築いていける可能性を、カフェ店主として、プロデューサーとして、いきがいナビゲーターとして、コミュニケーションデザイナーとして、それぞれに感じていきました。

Ep. 4 / Raw Messages
ライブ配信と手書きによる「生の声」の発信

ファウンダーはそれぞれに、異なる表現方法を用いています。どちらも、「しようとすればなんでもできてしまう」のが本音。けれども、最も自分らしく、ありのままの、生の声を届けるための方法を模索していました。

武蔵はカウンセラー・ナビゲーターとして、愛実はプロデューサー・プランナーとしての視点から捉えたとき、それぞれの個性や魅力を引き出しつつ、幸せを感じながらありのままに表現できるあり方を見出します。

武蔵はIKIGAI LIVE LESSONというライブ配信活動を、愛実は手書きされた一枚の紙を画像化して載せる「一枚」という企画を、それぞれに展開していきました。

「AIとともに生きていく私たちのこれからを考えたとき、人間の仕事はなんだろうね」

つねにそんな議論をしながら、私たちがたどり着いた仮説は「感覚を丁寧に扱うこと」「ゆっくり、手間をかけること」。ホワイトボードに情熱的に書き連ねながら進むライブも、日英の言葉で都度紙に手書きされていくセオリーたちも、現代ではともすれば置き去りにされるものと引き換えに、私たちが人間として生きるための温度、血液、心臓の音を宿しています。

人間として生きているうちは、最後まで「ナマモノ」であれ――

脚色された耳ざわり・手ざわりのよい世界ではなく、ありのままの姿で表現することは、外部評価と切り離された世界。ジャッジを気にせず、表現者と受け取り手が背中を見せあうような構図は、まさに「表現のナナメ」です。

それぞれに届く感想やメッセージも変化していきました。
ライブを観て、心から自分と向き合い、やっと真の願いに気づいて人生の大きな決断をする人。
一枚のメッセージ画像を見て涙を流し、何年もやめられなかったことに区切りをつけて前に進む人。

私たち自身も、何度も立ち止まりながら自分と向き合う時間をもち、表現もさらに研ぎ澄まされていきました。結局のところ、自分自身の真の願いや希望を認めたうえでわき起こる「愛」がすべてのはじまりであると悟ります。命を削って表現していく愛は人の心にしみこんでいくこと。そして、しみこむ愛は伝播して、やがて無限に幸せがひろがっていくこと。それらの確信を強めました。

生身の人間として語ることで、表現とコミュニケーションの「ナナメ」の可能性を再確認していきました。

Ep. 5 / With teens, With U-30s
若い人たちとの出会い

愚直に仕事に勤しみながら、お互いに立場は違えど、たくさんの人や組織の相談に応じていきました。

相談にのることは、私たちにとって単なるビジネスである以上に、「相手に惜しみなく愛を注ぐこと」であり、「誰かを応援すること」。懸命に生きようとする、世界とつながりあおうとする人や組織の応援者でありたい、という点も、完全に一致していました。

そして、これからの仕事や人生での方向性を考えたとき、「若い人たちとさらに話をしてみたい」「自分たちを救って、導いてくれたナナメを届けたい」という想いに至ります。

そこで、いきがいそだてのプロジェクトとして、noName -cafe for teens- の原型となる10代の人たち向けカフェ事業がスタートします。カフェに居合わせる人同士のように、年齢も立場も異なる10代の人たちと大人の私たちが同じ空間にいること。そこで、なにかをしたりしなかったり、話したり話さなかったりする時間から、ナナメの関係を育てていきました。

LOVEME&COMのプロジェクトとして、the rendez-vous pointもはじまります。ニーズ調査として多くの20~30歳前後の人たちと話すうちに、結婚相談所でもないのに恋愛の相談が次々と流れ込んだり、キャリアのプロとして活動しているわけでもないのにキャリアについてのセカンドオピニオンを求められたり。

定義された役割や肩書でなく、ただ向き合うナナメの関係が人々の背中を押し、人生のターニングポイントでしなやかに変わっていけることを知りました。


プロジェクトやふたりの事業の「アプローチ」は異なるかもしれないものの、根本的に目指しているものは同じ。

ふたつのカフェはほかの誰よりも私たち自身の居場所となっていき、日々同じ現場で仕事をすることやプロジェクトの共有も多くなっていきました。
そして、これからはさらに仲間とつながりながら、「ナナメの可能性を社会に訴えかけていきたい」という共通の信念を強めた結果、「仲間とともに仕事をしていこう」と考え、noNameをひとつのプロジェクトとして再定義し、設立に至りました。

各々ひとりで活動していたときには実現できなかった、ふたりからの力強いメッセージとして、既にパートナーシップレポートを受け取られた方もいます。

「表現のナナメ」を体現するものとして、noNameからのメッセージを書籍にする動きも、設立を決意してからはじめています。

あなたにとってのナナメの関係を、私たちと一緒に育てていきませんか。